朴保 『丸五市場』 解説

2016年10月7日 志田歩

  • 朴保と丸五市場

神戸市長田区にある丸五市場は、大正時代からの長い歴史を持つ雑貨街だ。1995年の阪神・淡路大震災の時も延焼を免れ、被災した地域がその後の再開発によって高層化されたのとは対照的に、昔ながらの中低層の人懐っこい街並が続く。2008年からは“丸五アジア横丁ナイト屋台”を6月~10月の第3金曜日に開催し、マルチ・カルチャーな賑わいを見せるようになっている。

この市場と朴保が出会うきっかけを作ったのは、本作のブックレットにイラストも提供している曺弘利(チョー・ホンリ)氏。朴保の長年のファンである彼は、自分のホームベースともいうべき丸五市場で朴保のライヴを企画したりしてきた。

1955年に山梨県で韓国人の父と日本人の母の間に在日二世として生まれた朴保は、その全キャリアを通じて、日本と朝鮮半島のみならず、アメリカン・ロック、レゲエ、そしてネイティヴ・アメリカン、アイヌ、沖縄(琉球)といった先住民族など、様々な文化的な領域を縦横無尽に行き来することで培い、研ぎ澄ませてきたマルチ・カルチャーな世界観で活動してきたアーティストだ。こうした流れの中で「この市場の歌を作って欲しい」というリクエストが浮上するのは、いわば必然ともいえる。このリクエストを受けて朴保は曲を書き下ろし、2015年8月9日に神戸市長田区の「スタジオ・教坊(キョバン)」で初お披露目している。

本作ははじめはシングルとしてのリリースを予定していたが、昨年結成した新バンド、ボーディダルマ(Bodhidharma)を率いて制作している途中でグレード・アップ。カラオケを含む全5曲構成のミニ・アルバム『丸五市場』として完成した。

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  • 楽曲解説

1 丸五市場

歌詞は曺弘利氏が次々と提供してくるアイデアを、朴保がまとめる形で完成させたもの。 丸五市場をマルゴシジャン、マルゴマルシェなど、様々な呼び方で歌うサビが、マルチ・カルチャーな賑わいの気配を簡潔に表現している。“アジアの匂い”という言葉からは、市場の中のラーメン、餃子、キムチなどの香りが漂ってくるかのようだ。ちなみに本作のジャケットに写っているお店は、「手作り水餃子のめいりん」。

曲調は70年代風のブルース・ロック。温もりのあるサウンドの感触は、昔ながらの中低層の街並に良く似合うものでもあるだろう。それに加えて曲調がシンプルなぶん、土屋潔(g)宮下恵補(b)清水逹生(ds)柴田エミ(key)磯部舞子(vln)といった腕利き揃いのボーディダルマのメンバーが、それぞれの技量を伸び伸びと発揮しているため、アウトロ部分のメンバー同士の掛け合いも味わい深いものとなっている。おそらく今後のライヴではそうした即興的な要素も、この曲の醍醐味となっていくに違いない。

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2 SONGS

本作の収録曲の中で最も新しく書き上げられ、ギター、ピアノ、ヴァイオリンなどのリリカルな旋律が絡み合うバラード。朴保の長年の友人で、昨年沖縄で亡くなったテルさんへ捧げられており、故人を偲ぶ哀感に満ちたブルースハープは朴保本人が吹いている。

ヴォーカリストとしての突出した力量ゆえ、ゆったりすんなりと聴くことができるが、キーの設定には彼自身も苦労したというほど、音域が広く起伏に富んだメロディの難易度は非常に高い。テンション音を巧みに紡ぐ作曲方法も、メロディメイカーとしての彼のあまり知られていない一面をかいま見させる。そのバックボーンには、彼がジャズも聴き込んできたという事情がある。アカデミックに理論武装するタイプではないが、皮膚感覚で広げてきた彼の音楽性の広がりを示すナンバーだ。

“花咲くこの道は いばら道”というニュアンスに富んだ一節も、作詞家としての彼の閃きを感じさせる。

 

3 WATASHIBUNE

朴保が90年代に東京ビビンパクラブの一員としても活動していた時期に、バンドの紅一点であった卞仁子が歌うことを想定して朴保が作詞作曲した楽曲。東京ビビンパクラブでスタジオでのリハーサルはしたことがあったものの、公式な音源として発表するのは、今回が初めてとなる。

波の音のSEをバックにしたアカペラの出だしが、これまでの流れをガラッと変えるほどのインパクトを生んでいる。アカペラで堂々と歌声を聴かせるに足るヴォーカリストとしての実力なしにはあり得ない稀有なアプローチだ。レコーディングのプロセスでは、はじめはバンドの演奏にのせて歌っていたが、スタジオ作業の段階でプロデュースも担当している宮下恵補からアカペラではじめようというアイデアが提示され、バックの演奏をカット。そのためのスタジオ作業にはかなりの労力を費やしたという。

朴保というとアナログでの一発録音といったイメージで捕えがちだが、このトラックの音作りは、彼がボーディダルマと共にテクノロジーを駆使したレコーディングに挑んだ成果でもある。

幽玄なムードすら孕むゆったりとした演奏のテンポ感に加え、舟、波、川、別れといったキーワードが、すでに彼岸に渡った人に呼びかけるかのようなイメージの広がりを生んでいる。

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4 それでおしまいかい?

80年代の初期からライヴではよく演奏してきたこともあり、古くからのファンにはお馴染みのナンバーだが、これも公式音源としては初出。今回の収録にあたって朴保が変則チューニングのアコースティック・ギターで新たなアレンジを提示している。朴保としてはそれにボーディダルマの演奏を加えるつもりだったが、その完成度の高さにメンバーは演奏を加えない方が良いと提案し、その結果、本作中で唯一朴保ひとりだけでレコーディングしたトラックとなった。朴保の音楽への信頼の深さゆえにあえて演奏を加えないというバンドとの関係性の深さは、そうそうあるものではない。

朴保はこの曲を、韓国の民主化運動の高まりの中で書いている。そのいきさつは単純なものではない。1980年の光州事件後、軍法会議で死刑判決を受けた金大中の解放を求める集会に朴保が参加した時、彼は集会参加者の中に韓国を民主化が遅れた国として見下す気配を感じた。この曲の歌詞の核になっているのは、その時の朴保が受けた“血を吐き散らしながら プラカードを振るアクティヴィスト”に対する違和感であり、いわゆる“アクティヴィストへの応援歌”とは一線を画している。だが放置しておいたらかき消されてしまうかも知れないような孤立した人の気持ちを、他者が理解し共感する機会を作るのも、彼が作る音楽の重要な役割なのだ。

そして東日本大震災後の日本、社会的な不寛容がますます緊迫した問題となっている中、エグゼクティヴ・プロデューサーである佐原伸の「今こそこの曲をCD化すべきだ」という熱烈な提案を受けて今回のレコーディングのはこびとなった。

5 丸五市場(カラオケ・バージョン)

最初に述べたように、昨年8月に朴保がこの曲を初お披露目して以降、現地で活動するミュージシャンの中には、この曲をカヴァーする者も現れてきている。このカラオケバージョンは、そのような形で朴保の音楽を愛しているファンに向けたプレゼントといえるだろう。

  • コンパクトなパッケージの背景にあるキャリアの凄み

本作『丸五市場』は決して重厚長大な大作ではない。カラオケバージョンを含む全5曲という構成は、いかにもミニ・アルバムにふさわしいコンパクトなものだし、タイトル曲はこれまでの彼の作品の中でも人懐っこい親しみ易い曲調だ。タイトルもボリュームも圧倒的なスケールを感じさせた昨年のフル・アルバム『この世の終わりなど見たくはない』とは対照的に、ある意味でお手軽な企画作めいた印象を受けるかもかも知れない。

だが個々の楽曲に注目してみれば、80年代初頭から現在までに至る朴保の長いキャリアの蓄積から、2016年というタイミングで放つべき楽曲を、選りすぐったものになっていることが分かるだろう。

 朴保 NEW mini アルバム発売!
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朴保(パクポー)、アジアの路地に迷い込んだような、

   不思議で懐かしい神戸長田の「丸五市場」を歌う。

■タイトル:「丸五市場」

■発売日:2016年11月20日 ■予価:1,500円+税 ■型番:POE-07

■レーベル:WATCHOUT  ■販売:メタカンパニー

*全国CD店にて、ご注文頂けます。(amazonはこちらhttp://amzn.to/2fZgxBN

また、メタカンパニー通販/朴保公式サイト通販及び朴保ライブ会場でも販売

全5曲収録曲

  1. 丸五市場
  2. SONGS
  3. WATASHIBUNE
  4. それでおしまいかい?
  5. 丸五市場 (カラオケ・バージョン)